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稲盛和夫さんと天風誦句



3月27日 (2014年)
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稲盛和夫さんは、周知の通り、経営破たんをしたJALの再建を成功させて、
世間から高い評価を受けられた実業家です。
稲盛さんは、JALの再建にあたって、社訓をしめされました。
それは、中村天風の誦句になかから選んでおられます。
つぎのようなものです。

  「新しき計画の成就は、不屈不撓の一心にあり。
   つねに心に、気高き理想と、高級なる想像とを、
   強烈に抱かしめよ。
   ひたむきにただ思え、気高く強く一筋に」

これは、緑色の誦句集の「自己陶冶」と題する誦句のなかにあります。

稲盛さんは、天風式瞑想と天風誦句の熱烈な実践者です。

2,3年まえに、私は稲盛さんと夕食をともにしたことがあります。
京セラの大きなビルの屋上で、天風会の幹部が数人あつまって、稲盛さんと
の懇親会でした。
偶然私は、稲盛さんのまん前の席に、すわることになってしまいました。

稲盛さんは、鹿児島県の出身で、背の高い巨漢です。
私は、稲盛さんのなかに西郷隆盛のおもかげを見て、恐縮しておりました。
じっさい、稲盛さんのなかには西郷隆盛の精神が息づいているのです。
稲盛さんの好きな坐右の銘といえば、西郷の揮毫で有名な
「敬天愛人」(=天を敬い、人を愛する)
です。

テーブルごしに、稲盛さんは、私ごとき軽輩に
「先生」とよびかけて、天風哲学について、率直な質問をされました。
まるで学生のような純真な探究心をもった方だと思いました。

稲盛さんの質問のなかに
「霊性ってなんですか?」
というのがありました。
私は当時、天風会講師でしたが、いささか緊張して、次のように答えました。
「霊性ってのは・・・・・
人間のほんとうの心です。
それは宇宙の果てまで届くような・・・広大無辺な心です・・・
それは、天風式の瞑想によって出てくるものです・・・」














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霊魂は不滅なり



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闇の夜に 鳴かぬカラスの声聞けば
生れぬ前の父ぞ 恋しき

という昔から禅宗で言い継がれてきた歌があります。
この意味が、なかなか難しいのですが・・・

天風はきわめて明快にその意味を説明しています。

「鳴かぬカラスの声」とは「無声の声」
つまり「宇宙霊の声」です。
鳴かないカラスの声は、ふつう聞こえません。
その聞こえない声に耳をすませるとは、空の声をきくということです。
つまりは、天風式瞑想(=安定打坐密法)の状態ですね。

「生れぬ前の父」とは霊魂のことです。
私の霊魂を父がとらえて、母の母胎に私を生まれさせてくれたんですから。
「生れぬ前の父」が恋しいとは、
霊魂の世界をしのぶ、ということです。

つまり、この禅宗の歌は、
霊魂は不滅なり、ということを
たとえて歌ったことばです。

実際、霊魂の不滅を信ずることができれば
死の恐怖がなくなります。
すべての恐れの感情は、死ぬことの恐怖から生ずるものです。
死を恐れなければ、この世に恐れるものはありません。

ギリシャの哲学者プラトンは、霊魂の不滅を説きました。
ドイツの哲学者カントも、霊魂の不滅を主張しております。

霊魂の不滅を信じるためには、
くりかえし、霊魂の不滅を表現した天風先生の誦句をとなえなければ
不可能です。
漠然と霊魂の不滅を思っているだけでは、
それは信念とはなりません。

霊魂の不滅をあらわす天風先生の誦句を紹介します。
これは天風誦句のなかにありますが、文語的で難しいという方が多いので、
やさしい現代語に訳してみます。

  霊魂の不滅
  
  人の本体は、肉体でもなければ心でもない。
  人の本体は、霊魂である。
  人の霊魂は絶対である。
  人の霊魂は、不変であり、不朽不滅である。
  ところが、多くの人々は
  この荘厳な真理をなかなか悟ることができない。
  彼らは、自分の本体は、肉体か心であると
  誤って思いこんでいる。

  私は自分の本体は「不滅の霊魂」であると
  固く信じるよう努力しよう!

これは暗示の誦句なんです。
ですから、毎日これをくりかえし自分の胸に
言い聞かせることによって、霊魂の不滅が
自分の信念となりうるのです。















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仮我と実我について


3月14日

先日、坂本欣也氏が、ひとつの興味深い図表をつくって、私に示されました。
それは、境地と意識の関連を図表化されたものです。

それで、私はいろいろ考えて、天風哲学のひとつの人間観がここにある
と思いました。
つまり、人の心の境地と意識をどう説明したらよいか、ということです。

人はいろいろな境地を体験します。
その主たるものを天風は「仮我」と「実我」と分けられました。

天風は、意識を「顕在意識」と「潜在意識」とに分けられましたが、これは常識となっています。

仮我の境地とは、ふつう私たちが生きている境地です。
仮我には、順動仮我と逆動仮我があります。

順動仮我とは、積極的な気持ちで生きている場合の境地です。
順動仮我のとき、顕在意識も潜在意識も順調に働いている。
つまり、潜在意識の中にある民族の知恵も、人類の知恵も、さらに宇宙霊(=神)
の叡智も働いている。

逆動仮我のときも、顕在意識も潜在意識も動いているが、意識は順調に働いていない。
顕在意識は混濁していて、潜在意識の中の上層部の消極的な要素が主として働き、
深いところにある知恵は働いてこない。ましてや宇宙霊の叡智は出てこない。

実我の境地には、無意実我と有意実我の2種類があります。
無意実我の境地とは、よく眠っているときとか、気絶している場合ですから、
顕在意識は完全に消えてありません。しかし、潜在意識は動いています。

有意実我の境地とは、瞑想の状態ですから、
顕在意識も潜在意識もはっきりと働いています。しかも意識ぜんたいが明澄ですから、
潜在意識の深いところにある宇宙霊の叡智までが働いてくるのです。

このような考察が、なにを意味するかといえば、
天風式の瞑想を行えば、有意実我の境地に達するということであり、
潜在意識の奥にある神の叡智が動いてくるということです。
したがって、瞑想を正しく行えば、いいアイディアが浮かび、
精神的にも健康になり、さらに肉体的な健康もえられる、ということになります。













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解決できないものはない



3月11日

多くの方に、天風塾へきていただきました。
私は、いろいろな人生問題と出会いました。
75年間の私の人生で、たいていの人生問題は聞いたことがあると
思いこんでいました。
しかし、想定外の人生問題がたくさんあることを知りました。
恋愛の問題、男女の問題・・・
自分の感情を抑制できない悩み
そこから来る不安とか恐怖・・・
仕事からくるストレスからの転換・・・
etc. etc.

 天風の教えの中に、かならずストレスから転換する考え方がありました。
また、転換するための具体的な方法がありました。
多くの人生問題は、天風哲学を演繹する(=応用する)と、
かならず解決します。
多くの人生問題は、天風式瞑想か「ことばを使う自己暗示」
で、解決します。あるいは、その両方の場合も多いです。

人々の提示される人生問題をきいて
私はの精神は高揚し、真剣にとりくみました。
あとからたいへん疲れを感じた場合もあります。
しかし、その疲れは苦痛ではなく、快く癒されるものでした。
ありがとうございました。

私は難解な哲学書を読んで苦しんだ時期があります。
西田幾多郎、カント、がいちばん難解でした。
西洋の哲学者はほとんど読みました。
実際、そのような哲学書は、1ページ読むだけでも
胃がよじれて痛くなるような体験でした。

私は、学問的な世界の哲学の研究には、むなしさを覚えております。
用語が特殊な世界で、一般の人々には意味のわからないものです。
用語の意味が分かってしまうと、内容的にはあまり意味がありません。
いわゆるアカデミックな哲学は、むつかしい観念をつくりあげ、複雑な構成で
成り立っています。

天風哲学は、日常のふつうに使う語彙でなりたっております。
お釈迦さまは文盲でした。
イエス・キリストも本など読まない人でした。
イスラム教のムハマッドだけは、本をよむ学者的な人でした。
難解な哲学に人を救う力はありません。











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信念を強くするには?



3月4日

信念を強くしたければ、自己をはげますような暗示の言葉を、自分にくりかえし唱えてやることです。
それ以外にはない!といっても過言ではありません。
信念を強くするには、自分の心を鼓舞してくれるような言葉を、毎日、朝な夕な、となえることです。
これが天風先生の教えた「信念の煥発法」です。

信念を煥発したければ、天風誦句を毎日となえることです。
強い信念を自分のものにしたければ、なんらかの
「積極的なことば」を毎日となえることです。

信念のない人ほど、情けないものはありません。
信念のない人は、いつでもビクビクして生きています。
ひどい人になると、夜もロクに眠れず、心配しています。
信念のない人は、人生にいちばん大事な「大安心」というものがありません。

信念のない人は、なんでも疑ってかかって、信ずるものがありません。

天風は
「信念なき人生は、羅針盤を失ったボロ船のようなものだ」
と言っています。
また、天風は
「信念のない状態とは、人生の土台石を奪われた状態」
という比喩もつかっています。

信念を煥発するには・・・
「自分の念願するものを、たくましい想像力によって、生きいきと映像化することだ」
と天風は諭しています。
また、
「念願するものを、オリンピックの炎のように、毎日毎日燃やしつづけろ!」
と天風は教えています。(「信念と奇跡」と題された講話より)

「自分の念願をくりかえし映像化(イメージ・メイキング)する」
といっても、
「私は課長に昇進する」
などという欲望を思い描くことではありません。
あるいは、
「私は家をたてる」
とか
「私は必ず本をだす」
などという欲望を思い描くことではありません。
そのようなことでは、信念はけっして強くなりません。

映像化すべき念願とは・・・
「私は力そのものになる!」
「私は宇宙霊と一体になる!」
「私の信念は強くなる!」
「私は喜びだ!感謝だ!笑いだ!小躍りだ!という気持ちで生きていこう!」
etc.etc.
といった積極的、ポジティブな観念です。
信念が強くなった結果として、あなたは必ず課長になり、部長になり、社長になります。
出世することは悪いことではありません。
自分の欲望はぜったいに否定してはなりません。
ただ、それ以上に清らかで正しい念願に生きるべしです。
高級な欲望を炎と燃やしましょう。
「世のため、人のために生きる!」という欲望こそ高級です。

信念を煥発するコツ(技術)は、
「自分の人生の基盤となるような、力強いポジティブな考え方を、自己暗示の方法
(=自律)によって、自分の中にうえつけること」
です。
「ことばを使う自己暗示」は、かって「自律」とか「自律訓練」とよばれました。
それらは、やや古い心理学の専門用語ですが、天風はそういう用語を使いました。
なにしろ天風先生は明治8年の生まれです。
現代、そういう古い言葉を知らない人が多いのは、残念です。
これをよく理解して、天風先生の本や誦句を見てください。
最近『オートノミー・トレーニング』と題された本が出ました。
これは「自律訓練」という意味で、今述べたことを表しています。






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