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緑の誦句集・現代訳 霊性の発揮(1)


2014.12.27

霊性の発揮(1)

人の心の奥には、霊性心という大きな心の
世界がひろがっている。
それは、幽玄微妙、偉大なものである。

霊性心は宇宙霊の創造の力と通じている。
そして、自分をかならず助け、救ってくれる。

人々の多くは、この尊い霊性心が
自分の心の中にあることに気づかない。
そして、理性心や本能心にのみに頼っている。
そのため、人生の重大な決断をするとき、
理性と本能の葛藤に苦しみもだえる。

だから、大きな決断は、自分の霊性心の判断にまかせよう。
霊性心とは、魂のささやきである。
自分の魂のささやきに耳をかたむけよう。

(緑の天風誦句集「霊性の発揮」の前半)

いままでの誦句を知っている人には、この誦句の説明は必要ないでしょう。
この誦句がよく分からない人は、この前のブログを2つか3つ読んでください。

では、よいお正月を!




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心の開拓・緑の誦句集の現代訳 

心の開拓(2)

人の心は、常識で考えられているよりも、
はるかに広大で無限のものである。
それは、霊性心が広大で無限のものだからである。

そして、意志をもって、この広い心を統一し
支配しなければならない。

瞑想によって霊性心を発揮するというのは
いわゆる霊門の扉をひらく、ということである。

瞑想をしないかぎり、この霊門の扉は開かない。
瞑想を実行しよう。
すると、この扉は開かれる。
  (緑の天風誦句集「心の開拓」後半)

この誦句を2つに分けたのは、すこし長すぎるからです。

ヨーガの本にはよく、瞑想をすると意識の領域が拡大する、と書かれています。
それは瞑想をすると出てくる霊性意識というものが、宇宙霊とつながって、宇宙大に広がるからです。
宇宙の動きと一つになるから、絶対的な決断ができて、誤りがないのです。
それは霊感とよばれるものに近い。

自分の思いつきでやった仕事がうまくいったら、
それは霊感だよ、と天風は言われたものです。
霊門の扉が開かれると、迷いがなく、なんでもうまくいく。





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心の開拓・現代訳


心の開拓(1)

世の人の多くは、自分の理性心や本能心を、
自分の心のぜんぶだと、思っている。そして、
霊性心のあることを知らずにいる。

そのため、真我のもつ霊性心の
偉大な力を発揮せずにいる。
霊性心というのは、本心良心のことである。

私たちは、瞑想を実行して、この霊性心を発揮しよう。
理性心や本能心にだけ頼っていると、
人生をまちがえるからである。

(緑の天風誦句集「心の開拓」の前半部分の現代訳)

天風先生は、人間の心を3つに分析されました。
それが、
本能心
理性心
霊性心
です。
この3つは、人生に生きていく上で、すべて大切なものです。
本能心というは、食欲、睡眠欲、性欲にかかわる心です。

これらの欲望をおさえてはいけない、と天風は言われた。
カントや西田幾多郎のような哲学者も、自然な欲望をおさえるな、と言っています。
理性心というのは、科学的に客観的に物を考えて判断するときに出てくる心です。
これも大切なものです。しかし、理性心は進歩し変化します。昨日正しいと判断したことが、
今日はまちがっているということがあります。
ですから、大切な決断は霊性心で行うべきです。

霊性心は良心本心のことですから、絶対的に正しい判断をするからです。
また理性心に、いつも判断をゆだねようとすると、しばしば本能心とぶっつかり、
それが心の葛藤となり、悩み苦しむことになります。
たとえば、あまり甘いお菓子をたべると健康によくない、と理性は判断しますが、
食欲という本能は、食べずにおれない、と主張します。すると心の葛藤がうまれ、悩むのです。

理性と霊性は使い分けしなければなりません。
霊性が尊いからといって、科学的な研究とか、機械装置の工夫をしているときは、
理性を大いに働かせねばなりません。
しかし、人生の大きな選択をするとき、いくら科学的に考えても判断がつかないときがあります。
人生の大きな岐路では、霊性を発揮して決断するのがいいのです。





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緑の誦句・現代訳2014.12.5


五感をみがく     (誦句)

より完全な人生に生きんとするなら、
まず五官の感覚をみがくことだ。
それが認識力を高める第一歩となる。

五感が完全になれば、
自分の心を正確に思い通りにすることができる。
そして、立派な人生を築く、すぐれた技術者となれる。

五感をみがくことは、
宝石をみがいて、光あらしめるのと同じだ。
だから私は、日常生活の中で、一刻一刻、
感覚をみがくことに
ひたすら精進、努力しよう。

(緑の誦句集「官能の啓発」の現代訳)

五感を研く練習を、天風先生は力を入れて指導された。
私も「見る」感覚をみがく訓練をうけたことがあります。
また、「聞く」力をのばすために、腕時計をなるべく遠くにおいて、
その音を聞く練習をしました。

天風先生は
「平素、いいかげんな気持ちで見たり聞いたりしないよう心がけなさい。
そして、見る力、聞く力をのばすような練習を自分で工夫しなさい」
と言われたものです。

それで・・・私が工夫したのが・・・
見る力を伸ばすために、絵をえがくことでした。はじめはカンタンなスケッチをやりました。
しだいに色もつけるようになり。今はアクリル水彩画をやっています。
絵をかくとき、だれでも一所懸命えがく対象を見るものです。
ですから、確実に見る力がのびるはずです。

絵のほかに書道もいいです。
臨書するとき、真剣にお手本を見ますから。
また、自分の書いた字もよく見ます。
写真をとるのもいい。被写体とか構図をしっかり見ますから。
あらゆるビジュアル・アートは「見る」感覚を高めます。

天風先生も、南宋画をかいたり、墨で揮毫されたり、写経もされました。
とても楽しんでおられたようです。そのようにして、見る感覚を研かれたにちがいありません。

「聞く」感覚をみがくには、音楽です。
歌の上手な人は、聞く力があります。
歌の練習はすぐにできます。
ただ、人に褒められように上手になろう、などと考えてはいけません。
ひとりで好きな歌をよく聞き、まねして歌うことを楽しむのがいい、と思います。

楽器をかなでるのは、さらにいいでしょう。微妙な音やリズムを聞く力が出てくるにちがいありません。






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