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私の病気体験 (2)ー3


私の病気体験(2)-3  2015.3.27

私の腰痛は特異なものでした。
医学では原因も治療法もみつかりませんでした。
それが私を、再び天風哲学の勉強へと鞭打ってくれたのです。
だから、私の腰痛は、天が私にあたえられた試練だと思っています。
「天の配剤」みたいなものだった、と私は内心思っております。

京都府立医大にはなんどか行きました。
さいごに行ったとき、医者は私の検診結果をみて、
「わからない、わからない」
と正直に言われました。
それが私にひとつの覚悟をあたえました。

私は天風先生の著作と講演録を全部読みなおしました。
そして自分が、いかに浅薄に、いままで天風哲学を理解していたか、を思いしらされました。
先生の著作は7冊、講演の記録は6冊あります。
私はそれら13冊を10回以上は読んだでしょう。
今では、どこになにが書いているか、ほぼまちがいなく言うことができます。

しだいに、私は自分の腰痛など、たいした問題じゃない、と思うようになりました。
また、自分の健康など人生の重要な問題ではない、と感じるようになりました。
天風哲学においては、ほんとうのところは、健康や成功など問題ではないのです。

天風哲学において、なにがいちばん大切なのか?
それは、正しい人間としての「生き方」です。
正しい生き方を追求する人は、かならずや結果として健康にめぐまれ、その人なりの成功を味わうことができます。
人として正しい生き方とはなんでしょう?
それは、ポジティブに生きること、人の世のために
生きること、私利私欲に生きないこと。etc
です。

そのために、瞑想があります。
自己暗示の誦句をとなえること。
官能の啓発を日々実践すること。
この3つが天風哲学の奥義です。

とくに瞑想はいちばん大切です。
人は瞑想するようにできているからです。
瞑想は、人になにをなすべきかを教えてくれる「道しるべ」です。

人間は本質的に、虚心平気でいきることによって、全き人生に生きられる。
瞑想をしないと、人生に迷う。
そして、瞑想は人を宇宙霊と一体にする。そして、宇宙霊の力をくみとることができる。
人のもつ「力」というものは、心の奥底にあります。
食べ物よりもっと大きな力が、人間の「潜在意識」の奥底にあるのです。それは無限の潜在力です。
宗教的にいえば、すべての人は、心の奥底で「神」と通じている。







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私の

2015.3.21
私の病気体験(2)-2

私は腰痛に苦しんだことで、天風式瞑想法の真価をはっきりと知りました。
腰痛のおかげで、天風式瞑想のコツをつかんだ。
コツというのは、鈴やブザーの音に集中したあと、シーンとした静けさを味わうことです。
その静けさは「絶対的な静寂感」とでもいうべきものです。

腰痛というのは、人さまざまな症状です。
医学では、85%の腰痛の原因は不明である、と最近いわれています
。したがって、腰痛の大半は精神的なものだ、と断言する医者もいます。しかし、それはまちがっています。
なぜなら、腰痛そのものは肉体的な痛みで、原因はなんらかの物理的現象だからです。
ただ、腰痛からなかなか立ち直れないのは、精神的なファクターが大きい。
ギックリ腰のあの悪魔的な強烈な痛みは、心に強く印象されて、忘れることがむつかしい。ギックリを数回も経験すると、「またあの痛みがやってくる」という、不安や恐怖で心が支配されてしまう。
すると、腰を動かすのがおっくうになってしまうのです。これが問題です。

腰痛を克服するには、腰を適度に運動させ、強さと柔軟性をとりもどす必要があります。
ですから、腰痛から立ち直るとき、精神力がいるのです。
天風式瞑想法は、その精神力をとりもどしてくれるのです。
天風式瞑想法をすると、「なーにこれしきのこと」という気持ちになれる。「こわくない」という気持ちです。
私の場合、「もうどうなってもいい」という気持ちでした。

腰痛で、6か月休職しました。
すこしずつ回復してきました。しかし、職場にもどっても、たえず腰に鈍痛をおぼえていました。
それでも「なるようになれ」と居直って、社会的活動をしているうちに、腰痛は消えていきました。

「海へ行って砂浜にころがっていると、腰痛がなおるよ」と助言してくれた友人があります。
それで、私はハワイに毎年行くようになった。
砂浜にころがっているうちに、退屈になって泳ぎはじめ、さらにシュノーケルのやりかたを覚え、その面白さに、はまってしまった。
その結果、いやでも腰を動かすことになって、柔軟性ももどってきた、というわけです。








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私の病気体験(2) 


私の病気体験(2)-1   2015.3.13

今日は、私の病気体験のつづきを書きます。
私が49歳のとき、とつぜん腰痛を体験しました。
いわゆるギックリ腰に襲われ、3年ほど苦しみました。
2年過ぎたころから、若いころ学んだ天風哲学を復習――とくに天風式の瞑想(安定打坐密法)――して、腰痛を克服しました。
どんな病気でも、そのときは深刻ですが、かならず治るものです。(・・・と今は信念しています)
私の腰痛は、かなり重度のものでした。痛みにたえきれず、眠れない夜がつづきました。

京大病院、京都府立大病院をはじめ、市内の整形外科、さらに民間治療を行う、漢方、針灸、整体、整骨とか、あらゆるところへ通いました。まったくなんの効果もありませんでした。むしろ悪化するような感じさえしました。
腰痛を経験したという人のことを聞くと、知らない人まで電話をかけて、経験を聞かせてもらいました。全国のかなりの数のひとに電話したと思います。
しかし、不思議なことに私の症状はかならずどこか違っていましたので、あまり参考になりませんでした。ときには私に効かない真逆の方法を教えてくれる人もありました。私の場合は、柔軟性をたかめる必要のあるものでした。しかし、私の状態を知らない人は、腹筋を強化することなどを勧められました。
しかし、天風先生の瞑想(安定打坐密法)を学びなおして、私は急速に快方へ向かったのです。

18歳の時から12年間も天風先生からじかに瞑想を勉強したのに、私はその神髄をつかんでいなかった。
 瞑想がぜんぜん分かっていなかったわけではありません。
鈴の音(orブザー)に集中した直後におとずれる、あのシーンとした静けさ――それを私はもっとも深いところで感得できました。
それ以前は、瞑想をしていましたが、浅い静けさしか感じ取っていなかった。
瞑想のときに味わう静けさに「深度」があるのです。
ふつうの人は、浅い静けさしか感じていないようです。
深いふかい絶対的な静謐に達した時が、悟りです。
悟りは一瞬である、とむかしから言われています。
持続して修養せよ、という教えです。
じっさい、天風先生のように大悟徹底した人が、だれよりも熱心に実践され、精進され、努力された。ネパールの滝つぼのそばで瞑想し、草原に仰臥された瞬間に空を悟られたのですが・・・それで後はなにもしないでいい、ではなかった。
天風先生は、
「実践には、官能的な快楽が伴うようにもっていく」
と考えおられた。
しかし、これは説明がむつかしいので、あまりくわしい話はされなかった。けれども、ときどき、
「体操でも安定打坐密法でも、楽しんでやるんだよ。恋をしている時のような、熱い思いでやったらどうなんだ」
と言われた。
「天風訓言」のさいごの章は、きわめて難解ですが・・・
上のようなことを念頭に書かれたもので、先生自身への自戒でした。
上の「官能的な快楽」というのは、「恋をしたときのような熱情」ということです。







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天風と王陽明 (3 ) 2015.3.2


天風と王陽明(3)

天風は講演などで、王陽明の話を直接されたことはありません。
しかし、王陽明の思想を知ると、天風との類似点がおおくあります。
王陽明をすこし知るだけで、天風をより深く理解できます。
私がそう考えるのは、ずっと昔からです。
しかし、さいきん小笹正洋氏と話をしていて、天風と王陽明のつながりを強く認識するようになりました。

幕末から維新にかけての日本の思潮を考えると、
王陽明が大きな影響力をもっていたことが、分かってきました。
そして、その時代の空気のなかで天風は育ったのです。

天風が2.26事件にかかわったことを、私はずっと軽く考えていました。
2・26事件は理解の難しい事件でした。
2・26事件にかんする本を私は何冊か読みました。
そして、2・26事件が天風にとってきわめて重いものだった、と認識するに至ったのです。
天風はこの事件の軍事裁判であやうく死刑になるところだったのです。
天風の弟子、西田税(みつぐ)は死刑になりました。
この事件の底流に、王陽明の哲学が流れているのです。

天風がよく昔を回顧して言ったことば:
「私がもっとも辛かったのは、あの太平洋戦争のころです。
私は戦争に反対だった。そのため講演の最中にも戦争に反対する言葉を思わず叫んだ。
講演は憲兵によって中断され、私は投獄された・・・」

私は、この天風のことばを、若いころ、軽く聞き流していた。
この天風のことばは、短いが、真実であり、重たいものだった、と今つくづく思います。

王陽明は、人間のこころには、2種類あると考えた。
①  善悪を分別するこころ(=意)
②  善悪の判断をこえて、自己の行動を決定するこころ(=心)①と②で、
王陽明のつかう漢字がちがいます。しかし、その漢字に惑わされてはいけません。
王陽明の言わんとするところは、天風の言葉をつかえば、①は理性、②は霊性です。

王陽明と天風は、この一点でも、ぴったり一致しています。
この二人の哲学者の「人間の心の洞察と分析」は、同じということです。

このブログでは、これ以上の説明はむつかしいです。
またお会いする機会に、もっとくわしく皆さんとお話ししましょう。







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