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京都にもどりました


京都にもどりました 2017.9.7

9月3日、信州での6週間の滞在を終えて、京都の自宅にもどりました。
その6週間で、私にとって大きかったことは、塾生のひとりからiPadをもらって使い始めたことです。
とても便利です。
iPadを使うことでWifiも使うようになりました。

もうひとつは、次の著作にむけて編集者といろいろお話をして、出版にむけて仕事がはじまったことです。
この著作は仮に『瞑想の力』と題しておりますが、
内容の大半は、天風先生の本『安定打坐考抄』の解説です。

多くの人に瞑想の個別指導をしているうちに、強く感じたことは、
この先生の本がかなりまちがって読まれているという事実です。
漢字が得意なひとたちは、この本をそれほど難しいとは感じていないようですが・・・
実際は、なかなか漢字力を必要とする本なのです。

なぜなら、天風先生が使用される漢字は、仏教に関するものと、
儒教に関するものが両方あって、この2つの領域での漢字の意味が、まったくちがうとにあります。
場合によっては、一つの漢字が正反対の意味になります。
天風先生個人の中では、この2つの世界は自然にとけあっているのですが・・・

一例をあげると、「用」と「体」という漢字の意味です。
儒教におけるこれらの単語の意味は、ふつう現代の日本人が考える意味とは、本質的にちがうのです。
これは、朱子とか王陽明になじんだ人なら、すぐに理解できるのですが、
そうでない人は誤解しながら分かっているつもりになります。

天風先生という人は、若いころから朱子や王陽明の思想になじんで育った人です。
幕末から明治の初期にかけて育った人はみな、この二人の中国人哲学者の考え方を常識としていたからです。

私は7年前ほどに、儒教を研究するグループのひとたちと交際ができ、
朱子や王陽明の思想が面白くなって、すこし勉強しました。
そして天風先生の『安定打坐考抄』を読み返して、
自分自身の以前の読解に大きな誤りをいくつも発見したのです。
それが、この新著を書く動機となりました。




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