自己本来の内省 つづき 2016.2.20
自己本来の内省 つづき 2016. 2.20
本当の自分は、霊という気体である。
その霊という気体は、清らかに澄んだ水のように透明で、見ることはできない。
しかし、永久に不滅である。
しかも、自己という霊は、宇宙霊から生まれ出たものである。
自己の霊を霊魂ともよぶ。
絶対者である神から生まれ出たものだから、当然人の霊魂も絶対的なものである。
相対的な現象に傷つくこともなく、永遠に不朽不滅である。
天風の誦句「自己本来内省の悟り」(緑の誦句集)の前半は上に述べたようなことが記されています。
「自己本来」とは「自分の本当のところ」、つまり「本当の自分」ということ。
「内省」とは、「心の内に省察すること」
この誦句のなかに「先天の一気」ということばがでてきます。
これは、中国の宋の時代の哲学者、朱子の言葉です。
これは、造物主、神、宇宙霊というのと同じ意味です。
「先天」とは、ふつう「人の生まれる以前」の意味で、「それは彼の先天的な素質だ」などと使います。
しかし、「先天の一気」の場合の「先天」は、「宇宙の生まれる以前」という意味になります。
朱子は、12世紀の中国を生きた人で、日本の平安時代後期にあたります。
そんな昔の人が、19世紀の理論物理学でいう「プランク定数」と同じコンセプトを先取りして構想したというのは、驚きです。まさに天才中の天才です。
朱子の「気」に関する議論は、中国では一種の唯物論といわれます。
なぜなら、宇宙の存在論を思索している朱子は、現代の物理学者の思考過程をたどっているからです。
朱子は、すべての物質を動かすエネルギーの根源的なものを「気」と考えたのです。
それは宗教的にいえば「神」です。
物質を生み出すものは「気」であり、気はたえず運動している。
世界の生成の最初にあったものも「気」である。
人も物質も気の働きで構成され、いわば万物は「気の海」のなかに浮かんでいる。
「気」は宇宙エネルギーであり、永遠に不滅なものです。
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