fc2ブログ

入聖開悟 2016.3.21


入聖開悟  2016.3.21

自分の心の中には、この世のすべてのものを正しく理解できるための、光が宿っている。
この光は、宇宙霊が私の霊魂にあたえられた慈悲のしずくである。
この光は、自分の霊魂と宇宙霊をむすびつける鉄(くろがね)の鎖である。
この光はまた、真理の扉をひらく鍵である。
この光が、自分の心の中に燦然とかがやくとき、いわゆる神の啓示が、私たちにあたえられる。

このような光を、私の中にかがやかせるためには、
ひたすら、真と善と美を心に思わせよう。
そして、なにが真(まこと)か、なにが善なるものか、なにが美しいものか、分別しよう。
この光は、やがて美しい悟りの花を、心の中に開かせる。
そして、私の命は、おののくごとき喜びに満たされる。

上は、「入聖開悟の誦句」(緑の誦句集、14番)のあらすじです。
真、善、美ということばは、天風がよく使った言葉です。

「真」というのは、ほんとうのことを、人につたえるときの気持ち、です。
まごころ、とか誠といっても同じでしょう。
誠心誠意といってもいいです。

「善」というのは、ほんとうによいこと。
だから、すべての人、すべての物に、「愛」をもって接する気持ちです。
「善」というのは、具体的にいうと、嫌いな人にでも「思いやり」をもつこと、
自分の身のまわりにある、どんな物でも大事にとりあつかう気持ちです。

天風は、古い筆箱に紙を貼って大事にいつまでも使っておりました。それを見た人が、
「そんな筆箱なんか、安い値段でいくらでも売っていますよ、新しいのに、かえたらどうですか」
と言いました。
その時の天風先生の返事、
「長い間、私の役に立ってきたくれた筆箱なんだよ。私はこいつに、愛を感じているんです」
この愛の気持ちが「善」です。

「美」というのは、本心から美しいと思う気持ちですから、たとえば花を見てきれいだなあ、と感動しているときの気持ちです。
花は、だれが見ても美しいのですが、その気持ちをもっと広くおしひろげて、多くのものに美を感じるようにしましょう、ということです。




少し大きい文字
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)