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知性と情熱


知性と情熱

太平洋戦争に日本が負けて5年くらいあと、天風は日本の未来に曙光をみた、といっています。
なにしろ、普通選挙の実施、男女の平等をもとめ、天皇も神ではなく、一人の人間だと断言してはばからなかったような人ですから・・(そのため、憲兵から危険思想家とみなされておりました。)
戦後ようやく民主主義の政治が行われようとしていたとき、天風は、わが意を得たり、と思われたことでしょう。
天風会も、かってのブルジョワの少人数の集まりから、どんな階層の人でも入会できるように、天風ご自身、舵を大きくきられたのです。
それで、戦後は多くの人が入会するようになりました。

天風は、当時の世相の変化に、人間の本来的な向上性というものを感じておられたようです。
しかし、すべての人が向上性をもっているとはいえ、その行動に功利的、野心的な心情がまじると、真実の向上は達成できない。
なぜなら、仕事の持続力が失われるからである。
私心のない行動は、人を疲れさせないが、私欲による事業は人を疲弊させるものである。

天風は当時また、知性が情熱によって鼓舞されないと、知性の向上がありえない、とも言っています。
実際、情熱をともなわない冷たい知性には、人を動かすような真の創造はありえないでしょう。
そして、知性と情熱を結合させるには、心身統一法しかないのです。
(天風の昭和25年のエッセイ、A Perspective を参照)


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