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悟りについて 2016.5.28


悟りについて

悟りというものは、どのようにして到達できるのでしょうか。
それは、偉い人が難行苦行をして、ふっと迷妄からめざめ、到達できるもので、凡人である私など縁のないものだ、と考えていませんか。
それは、悟りというものを、あまりにも高いところにおいている考え方です。

天風はこう言っています。
「みなさん、悟りというものを、いつも向こう岸にあるものだ、と思い込んでいたらダメなんだよ」

悟りとは、真理に対して、はっと気づいたことにすぎません。
だから、だれにでも、いつでも到達できるものです。

悟りにも、大きな悟り、小さな悟りがあります。
たとえば、鈴の音を聞いたあと、正しい瞑想の境地とは、この深い静けさだな、感じとったとき、これは、大きな悟りです。
誦句は信念を強くするんだな、と納得したとき、これも、大きな悟りでしょう。
体操をすると、体の調子がよくなり、これで健康になれる、と感じたとき、これは小さな悟りでしょう。

むかし、ある天風の門下生で、10数年間も心身統一法を勉強した人が、天風にむかって、こう言いました。
「私は、先生の教えのおかげで、もう体の健康には絶対の自信があります。これからは、心をみがいて、精神的な向上にはげみ、霊感のでるような人間になりたいです」
この言葉をどう思われますか。
その時の天風の返事を想像できますか。

天風は、その言葉をきいて、呆れてその人の顔を見ただけで、一言も返答されなかったそうです。
この人は、天風哲学の出発点である「心身統一」の意味さえ分かっていなかったのですね。






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