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日新ということ  つづき


「日新」ということ、前回のつづき  2016.12.14

毎日まいにち、昨日よりももっと、自分を向上させようという決心が大事です。
「もう私も年齢(とし)だから、老化もしてきたし、向上なんてムリ・・・
」などと思うことが、よくない。
向上というのは、瞑想と誦句を知っていれば、実行さえすればできるんです。
要するに、瞑想で心を静め、そのあと自己暗示の誦句を朗誦すればいい。
かならず“向上している自分”が感じられます。
自分が向上していると実感できるほどの幸せはありません。
(●^o^●)

それが「日新」ということであり、同時に「体験的に真理に近づいていくということ」です。

現代のインテリがいちばん陥りやすい誤りは、人生真理を求めるときに、
理性ばかりで相対的にその核心をとらえようとすることです。
そうではなく、自分の本心から納得して「これぞ絶対!」という気持ちになるべく、
瞑想や“誦句の中味”を体験しなければ、ダメです。

この「本心から納得して絶対感をもつ」ということを、天風は「自証」といっています。
人生真理に対しては、論理よりも自証が大切です。
自己の求める人生真理に対して論理的な整合性をばかりをもとめるから、失敗するのです。
いかに理論的に立派で複雑で巧妙であっても、自証(本心からの納得)がなければ、
本当に真理が自分のものにならない。
理論の波の中に転々として翻弄されてしまう。
「学んで、いよいよ迷う」とはこのことを、
昔の人が言ったのではないでしょうか。

日々新たに、と念じて体験的に努力すれば、
本心から納得して絶対的な気持ちになれる。
これが自証です。
自証とは「自分で体験し真理を証明する」ことです。

だから、「日新」と「体験的に真理を求める」自証とは緊密につながっている。
体験的に真理を求めていけば、日新という気持ちが出てくるし、
日新を心がければ、体験的に真理にむきあうことになります。

上記のことはすべて、天風先生が私たちが、きびしく諭されたことで、
インテリのはしくれである私自身の常なる自戒でもあります。
けれども、現代の進んだ教育を受けた人はすべて、程度の差こそあれ、
インテリもしくはインテリ的ではないでしょうか。

理屈で考えるな!ということです。単刀直入に言えば。
ただし、仕事は、多くの場合、理屈で考えずには進みません。
しかし、人生真理に関しては、理屈で考えず体験的につかまねばなりません。
そして、日々新たに生きましょう。





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