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現在感ということ



現在感ということ  2017.6.13

人生というものは、
「今我ここに生きてあり!」
という現在感のつながり以外にはありえません。
なぜなら、宇宙の実相においては、
過去も未来も、相対的な見方にすぎないからです。

人生の一切は現在の連続です。
過去は、すでに過ぎ去ったものに対する回想です。
未来は、これから起こるであろう事柄への期待です。
実在するものは「現在ただ今」しかありません。

ところが、現実の人生を生きていく上で、
過去も未来も忘れて生きていくわけにはいかない。
つまり仮我の世界に生きていくということは、
過去や未来の時間の約束の上に成り立つ、
社会生活を生きる、ということだからです。

だから、時々私たちは実我の世界に心を置いて、
現在感を確保しなければならないのです。
つまり総合的にいえば、人生は仮我と実我の往還です。

具体的にいうと、
瞑想によって実我の世界に心を時々入れてやり、
順動の仮我の世界にもどってくる、
という生き方こそ望ましいのです。

これを仏教では、「煩悩即菩提」というのです。
煩悩の世界には、過去もあり未来もあります。
煩悩とは過去への執着であり、ときに後悔に悩まされる世界です。
また、未来に対する執着であり、不安に苦しめられる世界です。

そういう煩悩の世界に生きながらも、
同時に時々菩提を求めるのが人間のすがたです。
菩提とは「悟り」のこと、つまり瞑想のことです。

正しい瞑想をしているとき、私たちは「悟り」の境地にいるのです。
悟りというと、そんなことは私たち凡俗には縁のないことだ、
と考えてはいけません。
悟りは、“川の向こう岸”にあるのではなく、すぐそこにあるのです。

正しい瞑想には、現在感のみがあります。
だから、瞑想は現在感を確保する方法ともいえます。





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