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科学と哲学 (2)


科学と哲学(2)

人生の問題を考えるとき、哲学も科学も同等に尊重すべです。
天風は
「哲学と科学が協力してはじめて、どちらもその真価を発揮し、人生に役立つ」
と言っています。

このようなことが、正当に人々に理解されていないのは、
哲学と科学の存立条件を理解していないからではないでしょうか。

哲学と科学の存立条件の違いについて、天風は
「科学は外延的extensionalで、哲学は内包的connotative」
と言われたことがあります。

これをもっと平明に、わかりやすく言い換えれば、
“科学は五感の感覚で認知しうる範囲内で行われるのに対し、
哲学はしばしば五感の認識を超えて思索をすすめ、
人間の行動の意義や価値を内省する“
ということになるでしょうか。

その結果、哲学は、物事の本質を穿つこともあるかわりに、
主観的な断定をおこなう傾向もあり、不確実性をふくむ可能性もあり、
個人によってさまざまな論がありうるものです。
したがって、万人がその価値を認めるような哲学は、現実にはなかなかありえない。
その結果、人々がいっそう客観的で確実性のたかい科学的知識のみを評価する、
という傾向がでてくるのです。

私たちが自分の人生観を確立するためには、哲学の知恵と科学の知恵の両方を必要とします。
なぜなら・・・
人生を科学智のみで考えると、
“人間とは食べて寝て働いて、一定の時間がすぎると、この世から姿を消す”
というような無味乾燥なものになりかねない。
しかし、人生を哲学智で考えると、もっと情味のある、面白味のあるものになるかもしれないが、
しばしば独善的、ドグマチックなものになる可能性もあります。
ですから、科学と哲学は、ひとりの人格のなかで相補的にならねばなりません。

哲学と科学の違いを、次のように言うこともできます。
「哲学は、目に見えない実在の世界について考え、物事の価値を論ずる」
「科学は、目に見える現象の世界について観察し、物事の原因と結果の把握する」
このように定義すると、あたかも哲学を科学が対立しているかのように感じられるかもしれませんが、
そうではなく、実は“一枚の板の表と裏”のちがいにすぎないのです。
だから、哲学と科学を両方とも活用して生きるのが賢明な生き方となります。

上の哲学と科学の定義は、双方の真価をポジティブに評価したものですから、
哲学と科学をたがいに相補うものにして生かすことができる、
という希望を与えてくれるものではないでしょうか。






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