fc2ブログ

心身の完成 (後半)

天風メソッド 11

 

『真理行修誦句集』(2)より

 

2.心身の完成  (後半)

 

知らずや、たとえ名工名匠といえども、

その用具の全きものなくば、

あたかも腕なきに等し。

されば、われ人ともに真にその人生に安定(あんじょう)せんには、

ただ一念、わが命の要具たるこの仮相の存在(1)を

より良く完からしむことを心がけるべし。

かくして、はじめて人としての正しき幸いを

享くることえん。

悟らざるべからず。

努めざるべからず。

 

【注解】


(1)仮相の存在=心と肉体

 

【解説】

 人の実体は霊魂であり、霊魂は不滅です。

 それを表す禅の言葉に

「闇の夜に鳴かぬ鴉の声聞けば生まれし前の父ぞ恋しき」

という有名な短歌があります。

「鳴かぬ鴉(からす)の声」は聞こえない。

ですから「声なき声」を聞くということです。

いいかえると「深い静寂に耳を澄ませる」という意味です。

「生まれし前の父」とは「昔から続いている見えない命」ということですから

「霊魂」のことを言っているのです。

 

したがって、この短歌の意味は、

「声なき声を聞けば、自己の本体が永遠不滅の霊魂だと分る」

ということになります。

 

死とは、生まれる前の自分に還るということです。

つまり霊魂は永遠不断の一貫した実在です。

生死恐れるべからず、です。

宗教的にいえば、死とは“神のふところに帰る”ということです。

 

最初に紹介した禅の短歌は、沢庵のつくったものとか、

一休禅師の言葉という説をとなえる人がいますが、

それはまちがいです。

それ以前から禅宗に伝わる言葉なのです。

 

上の短歌と同じ意味をあらわす言葉に

「父母未生以前、本来の面目とは何か」というのがあります。

これは、夏目漱石が鎌倉の円覚寺に参禅したときに

釈宗演禅師からもらった公案です。

漱石ほどの偉い人でも、この禅の言葉がわからなかったようです。

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)