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私の病気体験(1) 2014. 10. 17


私の病気体験 (1)

先日、塾生の小笹さんから、私の病気体験について質問をうけました。個人的な体験は、ちょっと恥ずかしさもあり、あまりくわしく話をしたことはありませんが、この際すこし今まで言わなかったことを書き留めておこう、とおもいます。
私の病気体験と天風哲学の実践が、天風哲学理解のきっかけになると思われるからです。

私は実は4度の病気体験をもっています。
そのうち2度は、重度のもので、あと2つは比較的軽いものですが、いずれも医療ではなおらず、すべて天風哲学の実践によって救われました。そのことが私に天風哲学の真価を、深く体験的に把握させてくれました。

最初の病気体験は、たいへん重い深刻なものでした。
18歳の時、京都の大学に入学してから数か月たったころ、私は体の変調を感ずるようになり、医者にかかったのですが、病因がなかなかわかりませんでした。
高校時代までは、私は人一倍元気で、なにをしても疲れを知らず、夜は熟睡し、10キロ、20キロ歩いても平気でした。
100メートル疾走では、いつもクラスでトップ。
鉄棒が得意で、懸垂は高校はじまっていらいの新記録といわれました。70回くらいだったか。

そんな私がたえず疲れをおぼえるようになり、学業はおろそかになり、勉学意欲が低下していきました。私は父の家があった広島にかえり、大きな病院で精密検診をうけました。そしてやっと病因がわかりました。

12指腸虫症とわかりました。下剤をのみ、寄生虫を駆除しました。ほんとうは1年ほど入院すべきでしたが、私は自宅で療養しようとしました。そして下剤をいくども服用した結果、12指腸虫症はいなくなったのに、きつい便秘になやむようになりました。そして、たえず体調を気にする消極的な人間になってしまいました。
病からなかなか回復せず、大学にもどって勉強する気にならず、実家にいて廃人同様の毎日でした。
英語やドイツ語が必須科目でしたが、1つの単語もおぼえられなくなり、文法などの理屈を理解するのが苦痛で、読む本といえば、宗教、哲学、思想関係のものだけでした。
しかも、本の消極的な部分にばかり共鳴し、人生に対して悲観的になり、不安・心配のとりこになり、暗いネガティブな気持ちが、累々と心に積み重なっていきました。

それから、なによりも私を苦しめたのは、そういう身体的な状況のなかで、人生問題に頭を悩ましはじめたことです。
「人はなぜ生きるのか?」
という生意気な疑問が私の心を占め、いろいろなキリスト教、仏教、西洋哲学の本を毎日読みあさりました。
教会やお寺に行って、牧師さんやお坊さんにお願いして、1対1で教えを乞うたこともあります。しかし、彼らは、私の疑問にこたえてくれません。私の心は闇の底に這いつくばったようになりました。消極的な観念、劣等な感情のかたまりになってしまいました。

それが天風先生の講話をきく機会をえて、身体的にも精神的にもすくわれたのです。講話の第2夜にかならず天風先生が教えられる「潜在意識の改善」(=観念要素の更改)で、私はよみがえったのです。

キリスト教の牧師さんは、
「人はなぜ生きるのか、ということは聖書にちゃんと書いてあるから、まずバイブルを読みなさい」
と言われました。私はバイブルクラスに数か月通いましたが、そのころの私には、私の疑問にたいする答えを、聖書のどこにも見つけられませんでした。人類愛といわれても、どうせ、いつかは人類も、この世から姿を消すんじゃないか。なぜ人は生きるのか? を教えてくれなきゃ、人類愛もクソもあるもんか、と思いました。(つづく)

浄土真宗のお坊さんは
「人はなぜ生きるのか? そんなことを考えるからダメなんだ。阿弥陀の救いを信じなさい。そして『なむあみだぶつ』を唱えなさい」
と言われました。
そのときの私にしたら、なぜ人は生きるのか、とたずねているのに、なにが阿弥陀だ、そんなものどこにいるんだ、なにが「なむあみだぶつ」だ、そんな言葉をとなえてどうなるんだ、と腹がたちました。

この私の疑問にたいして、天風先生は、私がたずねもしないのに、講話の第1夜に
「人はなぜ生きるのか? それは進化し向上するためだよ。この宇宙はたえず進化し向上しようとしているだろ。それを助けるために人は生まれてきたんじゃないか」
と、最前列にすわっていた私の顔を見て、おっしゃいました。
そのとき、天風先生のことばをしっかり理解したわけではありませんでしたが、この人についていけば、まちがいはない、と私は確信しました。




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