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天風と王陽明 (3 ) 2015.3.2


天風と王陽明(3)

天風は講演などで、王陽明の話を直接されたことはありません。
しかし、王陽明の思想を知ると、天風との類似点がおおくあります。
王陽明をすこし知るだけで、天風をより深く理解できます。
私がそう考えるのは、ずっと昔からです。
しかし、さいきん小笹正洋氏と話をしていて、天風と王陽明のつながりを強く認識するようになりました。

幕末から維新にかけての日本の思潮を考えると、
王陽明が大きな影響力をもっていたことが、分かってきました。
そして、その時代の空気のなかで天風は育ったのです。

天風が2.26事件にかかわったことを、私はずっと軽く考えていました。
2・26事件は理解の難しい事件でした。
2・26事件にかんする本を私は何冊か読みました。
そして、2・26事件が天風にとってきわめて重いものだった、と認識するに至ったのです。
天風はこの事件の軍事裁判であやうく死刑になるところだったのです。
天風の弟子、西田税(みつぐ)は死刑になりました。
この事件の底流に、王陽明の哲学が流れているのです。

天風がよく昔を回顧して言ったことば:
「私がもっとも辛かったのは、あの太平洋戦争のころです。
私は戦争に反対だった。そのため講演の最中にも戦争に反対する言葉を思わず叫んだ。
講演は憲兵によって中断され、私は投獄された・・・」

私は、この天風のことばを、若いころ、軽く聞き流していた。
この天風のことばは、短いが、真実であり、重たいものだった、と今つくづく思います。

王陽明は、人間のこころには、2種類あると考えた。
①  善悪を分別するこころ(=意)
②  善悪の判断をこえて、自己の行動を決定するこころ(=心)①と②で、
王陽明のつかう漢字がちがいます。しかし、その漢字に惑わされてはいけません。
王陽明の言わんとするところは、天風の言葉をつかえば、①は理性、②は霊性です。

王陽明と天風は、この一点でも、ぴったり一致しています。
この二人の哲学者の「人間の心の洞察と分析」は、同じということです。

このブログでは、これ以上の説明はむつかしいです。
またお会いする機会に、もっとくわしく皆さんとお話ししましょう。







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