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安定打坐考抄・解説(7)



安定打坐考抄・解説(7)

p26~27
安定打坐密法は、仏教の旧い修行である、日想観とか水想観、あるいは声塵得道などと比べると、天と地ほどの違いがある。なによりも安定打坐密法は、その境地に達する速度が速い。

 たとえば日想観というものは、その文字通り、日(太陽)を想い観る、という修行であるが、想い観るというのは、真我(真の自己)との同化でもないし帰納でもない。それに対して、安定打坐密法では、ただちに真我と同化したり帰納(=没入)したりできるのである。
 水想観にしても、ただ水を想観し雑念妄念を排除し、いつかは悟りを開こうとする企てである。
 声塵得道は、声を聞きながら雑念妄念をうちはらい、無我無念になろうとする修行方法である。

 安定打坐密法は、これらの方法とはぜんぜん違う。
 安定打坐密法では、声ではなく「無声」(空)をきくことによって、真我に同化し没入するのである。

 安定打坐密法では、雑念妄念の排除がきわめて速い。容易に純一無雑(=雑念のない、きれいな心)の境地に入れる。そして精神統一ができる。





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